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Nanairo

プライベートを充実させてみたいものだ…。

ほめられるのが苦手な理由〜褒めれば何でもいいっていうもんじゃない〜

Diary ボヤキ

最近はどこの会社でも部下を褒めて、能力を伸ばしたり、やる気を引き起こさせたりということが多いそうだ。しかし、どうも筆者は褒めるのはいいとして、褒められるのは非常に苦手である。


そもそもなぜ褒められると人は嬉しいとか、やる気になるのかというと、それぞれの人の中に承認欲求というものが存在するからだ。例えば何か難しいことをやり遂げ、上司から「今回はよくやった」と言われたとしよう。

言われた人には「上司に認められた!」という嬉しさが生じるはずだ。
筆者も最初はそうだった。しかし、ある時を境に考え方が変わった。

それは褒められても給与は上がらないということだ。
給与をもらっているんだから、それ相応の仕事をしろと教育されてきた筆者からすると、上記のことは非常に大きいポイントなのだ。

いくら褒められても、認められても給与が上がらなければ何も意味が無いのである。
よく、褒められたからやる気になったり、うれしく舞い上がったりする人がいるが、そういう人を見ると逆に筆者は羨ましいと感じる(これは筆者の家庭環境にもよるのかもしれないが)。

給与を対価として働くサラリーマンである以上、複数の高評価を貰えばベースアップが少しされたり臨時に手当がもられば、よし次も頑張ろうと思うのだが、それすらないとなると、それだけ頑張って働くことに何の意味があるのだろうと深く考えてしまう。むしろ他の奴らと同じようにとっとと家に帰ってのんびりビール片手に読書でもしていたい。

さらに付け加えるならば、1つの言葉だけで、これまでの困難をすべてまとめられるのは非常に我慢しがたいものがある。裏では頭を下げ、必死に交渉し結果を出したものを1つの言葉だけでさらっと片付けられる…。この無念さは褒めている人にはわからないだろう。ようは受け取る側にしてみれば、相手の自己満足にしか思えないのだ…。

だから筆者は会社でも、後輩に対してはあまり褒めない(ちょっと気が利いたことをしてくれると褒めるけどそれ以外は褒めない)。それは褒め言葉1つで後輩の苦労をすべて総括したくないからだ。
その代わり、上司に聞かれた際には影でこっそっと彼らがどれくらい頑張っているのかを訴えているわけなのだが…。

まとめると、褒めるということはいいことだと思うのだが、筆者自体は苦手というか好きではない。
背景にある数々の困難を1つの言葉だけでくるっとまとめることなんて、到底出来ないし、筆者にはそのようなことができない。

同じように筆者も、自己の努力をたった1つの言葉だけでくるっとまとめられるのは嫌なのである。
その裏に何があったのか、どれだけ苦労しているのかというバックグラウンドをもう少し考えてほしいと思う。